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新英語教育研究会神奈川支部HP

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2008 酒井 邦秀さん:多読

●講演「ここまでの多読、ここからの多読」
      酒井 邦秀さん(電気通信大学准教授)
 「今日は太陽政策です!」とおっしゃって、『北風と太陽』の太陽のような温かな日差しで神奈川支部を照らしてくださった酒井先生。多読を「まずは自分から」そして「ささやかに」始めてみたいと感じた参加者が多かったことでしょう。酒井先生が提唱される「多読3原則」「多読指導3原則」に基づいて、みなさんも英語に対して抱えているコンプレックスを脱ぎ捨ててみませんか? 
(1)酒井先生
・ 著書:『快読100万語!ペーパーバックへの道』、『どうして英語が使えない?―「学校英語」につける薬』(ちくま学芸文庫)、『多読多聴最強ガイド』(学研 Gakken Mook)
・ 新英研との出会い:都立高で非常勤講師の時に先輩数名が新英研だった。
・ サイト情報:詳しい多読の方法はSEGで紹介している(www.seg.co.jp/sss/)。
・ 今日の参加者にアンケート:「audience analysisをしたい」とのことで、参加者に4つの質問がありました。「多読を知っていたか」には多数が挙手、「多読3原則が分かるか」「英和辞書を引け、と生徒に言っているか」「NHKのラジオ講座を聴け、と生徒に言っているか」にはそれぞれ5,6人が挙手でした。
・ きっかけ:6年前に多読を開始、本を出版、「日経ビジネスWEB版」に取り上げられ、広がってきた。夏目漱石も多読という言葉を使っており「ひと通り読んだら、辞書を引かずに闇雲に読むと良い」と言っている。「英語力がある人が多読をする」というが、それをひっくり返して「多読をすると英語力があるようになる」と流れを変えた。

(2)事前資料
・ 特集「多読最前線」、座談会「“めざせ100万語”とは!? 多読は授業で実践できるか」『英語教育2004年2月号』(大修館書店)より
●多読3原則「辞書なし(=辞書は引かない)」「飛ばし読み(=わからないところは飛ばす)」「途中投げ(=進まなくなったら途中でやめる)」
●大量の易しい本=40人学級なら基本の1000語で書かれている本を最低300冊、できれば600冊揃える。
●「パンダ読み」=主に読んでいるレベルより「易しいレベルを混ぜる」。
 「キリン読み」=主に読んでいるレベルより「上のレベルを読んでみる」。
 「シマウマ読み」=翻訳と英語を交互に読む。

(3)多読
・ 多読3原則:この過激さ故に、全国の先生方に嫌われてしまったとのことです…。
(1) 辞書は引かない(学生には「捨てろ!」と言っている。窓の外にたまったら焼き芋をしたいくらいだが、焼くと有害物質が出る英和辞典は「毒」だ!)
(2) 分からないところは飛ばす(95%の先生が「分からなくなったら辞書を引け」と言う。5%ぐらいが「前後関係から予想するように」と言う。多読3原則では「見なかったことにして先に行く」)
(3) わからなくなったらその本は止めて次の本にする(単語、文のみならず、段落、章を飛ばすうちに主人公が誰だか分からなくなる。そうしたら止めればよい)
・ 多読指導3原則:教えない、押しつけない、テストしない

・ 絵本A Cat in the Treeからわかるclimbの意味:
A Cat in the Treeは Wilmaという少女と飼い猫のBiffが犬のFloppyに怒って木に登ってしまい、それをWilmaのお父さんが助けようとする話。
(1) A Cat in the Tree
酒井:枝にいるのがon the treeでないところに注目。学校英語が間違っている。
(2) Biff was cross with Floppy. Wilma climbed on the wall.
酒井:wallは壁でなく、塀だと挿絵で分かります。
(3) Wilma climbed up the tree. She couldn’t get the cat.
(4 ) Wilma couldn’t get down. Wilma’s dad was cross.
酒井:このgetの役割は? crossが出てくるのは2度目。お父さんは眉をひそめている。
(5) He put the ladder up. Wilma climbed down.
酒井: climbは「登る」という意味でしょうか?
●会報担当和田の意見:句動詞ではget「なる」が自動詞の基本。get downは「降りる」。get downからclimbed downへと動詞をずらしていると理解するとよい。
酒井:そのように他動詞や自動詞と言い出さなくてもgetはひとつの概念だと思う。
(6) Wilma’s dad climbed the tree. He couldn’t get the cat.
(7) Wilma’s dad was stuck. The cat jumped down.
(8) The fireman put a ladder up. Wilma’s dad climbed down.
(9) “Oh no!” said everyone.
酒井:さて、climbの意味ですが、ある小説で、ハウスボートで床に寝袋で寝たという描写でclimbed into a sleeping bagという表現があった。ここではclimbは高低差のある移動ではなく水平移動で使われている。ネットの掲示板でclimbの用例を探してもらったことがあったが、自動車の乗り降りでclimb into the car, climb out of the carがあった。climbは「両手両足を使って移動する」という意味だと分かる。ちなみにclimb a mountainは「急な山を(手足を使って)登る」ということで、(手足を用いず、歩いて登れる)高尾山ならhikeである。またgetは『綱をたぐるようにして手に入れる』という意味。文法に頼った理解はどこにもつれていかない(take us nowhere)。言葉を使う場面をつくることが 言葉の獲得になる。Oh no!やcrossなどはよく出てくる。

・ 多読授業に踏み切るための2つの条件:「熱心にしようという先生が少なくとも2人いる」「校長が支持している」 

・ 多読指導に踏み切るための2つの条件:「自分の英語はダメだと思っている」「これまでの自分の授業は子供たちに本当の力をつけていないと思っている」。
自分でも多読をしてみること(ペーパーバックを1ヶ月かかって読むのでは読書と言えない!)。易しい本を100万語ぐらい読んでいることが必要(ペーパーバックを10冊読んでいてもダメ)。1人1人の顔を見ることやカウンセリングが必要。
・ 個別指導の方法:教室に1000冊ぐらい持っていく。前から引いて、後ろから押して、横から励まし、「バイトで忙しくて読めなかったのか?」と学生の心に踏み込むこともある。「酒井先生はシェルパですね」と授業見学者が言ったがその通りだ。主人公は子どもですよ!  (ある英語教師の団体で発表を見たが、どうみても授業の主役は教師自身だった。そのあとの講演で高校教師40人を前に「あんたがた、箱庭だよ!」と言ったら、講演後の食事会が閑散としてしまったという苦い経験が酒井先生にはあるそうです…。) 
・ 多読から多聴へ:生徒には読後の感想を日本語を通さないでインタビューする。How did you like the book? Good, bad, so-so? Was the book too long, short, just right? 学生には「Good because主人公がかわいかった」のように長く言わせていく。

(4)質疑応答
・ Q:中3の週3時間でも多読は可能か?
  A:初めは読み聞かせでもよい。本を持っていて読ませる。先生も後ろで本を読んでいる。
・ Q:guess出来ない語があるが…、大丈夫か?
A:中学生は1年以内、高校生は1年半、社会人は3~4年でその人の日本語と同じレベルで読めるようになる。今までは「何10年やっても読めるか分からない」のが常識だった。
・ Q:松本亨さんはthinking in Englishと言っていたが…、同じか?
A:feeling in Englishですね。単語ではなく、「文」が最小単位だと思っている。
・ Q:コミュニカティヴになって中学生の英語力が下がっているが?
A:コミュニカティヴと文法は止揚すると考えている。
・ 参加者のHさん:男子高ですがBook 3以下でも楽しく読んでいる。週4時間の選択授業。1~2冊読み聞かせをして、he, wasなどを教えたが、意味は訊かなくなった。多読を始める前は『教科書をノートに写してね、ハンコ押しますね』というと静かになっていたが、男子30人の授業はきつかった。
・ Q:図書館に平易な本を置いても生徒は読まず、サイドリーダーを10冊選んだら読んだ。そういうのでもいいか?
A:頭の切り替えが必要。日本語の読書経験とは関係なかった(日本語で多読しない生徒も英語では多読できることもある)。
・ Q:抽象的な語は?
A:だんだんわかる。母語でも分かる。「量はすべてを解決する」と思っている。
・ Q:文法は「刺身のツマ」のように思って欲しい。
A:かつては「文法少年」で「辞書青年」だった。完璧な文法はない。
・ Q:多読をしているのは私学が多い。それは予算が組めないからだが。
A:多読授業を実現する際の障害はものすごい量の本が必要なこと。また「辞書だ、文法だ」という先生も障害になる。しかし費用対効果という点では多読は良いと思う。都立高校でもやっている。大修館書店から『教室で読む100万語』という本を出しているので参考に。やさしい5万語でセンター試験の問題文は読める(2~3万語では中高の教科書)。Oxfordの1~5レベルのReading Treeが3~4万円。そのあとにLongmanで同じレベルに進むと良い。
メッセージ ・ (いきなり大がかりに始めるのではなく、読み聞かせや少し本を揃えるなどから)「ささやかに始めて下さい!」

■参加者の感想
・うーん、やってみようと思う。まずは中学2年生の選択授業で週1回ささやかに。
・多読をまずは自分で体験してみないといけないなあと思った。
・「多読」の言葉は知っていたのですが、今日大変興味深く聴きました。絵本をたくさん読んでいきたいと思います。小学生の甥っ子にも英語の絵本に触れて欲しいと思います。
・酒井先生のお名前は以前から存じ上げていました(「多読」なども聴いていました)。「量」がキーワードという多読も取り入れてみることも必要かなと感じました。
・多読3原則のうち「文が分からなくなったら飛ばし、章も分からなくなったら途中で止める」という思い切りの良さが大切なのだと分かりました。多読指導3原則のうち「テストしない」というのは、生徒たちは読むことが楽しくなるだろうなと思いました。ただ、大学の推薦入試には評定平均値が問題なので交響教師はジレンマに陥ってしまいます。
・非常に感動しました。もっと情報を入手したいです。
・とても衝撃的な話でした。また刺激的でした。まず自分で読んでみたいと思いました。授業はささやかに始められればと思います。
・話が難しかったけれど理解できる部分もあった。子どもは言語習得するには簡単な文などから身につけてゆくと思うので、それを中学生や高校生くらいから始めても英語の習得につながると思った。
・自分でやってみようと思った。思っただけでやるかどうかはわからない。
・ 目からウロコが落ちました。少しでもいいから授業に取り入れていきます(まず、読み聞かせから)。
・ 目からウロコ!でした。「feel English!」で大分英語好きになった私ですが、英語が分からないのは量が少なかったということだと認識しました。
・かなり衝撃的な英語教育の新方法だったと思う。本当に多読をすることが文法いらず、いつの間にか力が身につくかどうか、ぜひまず自分自身で体験してみようと感じている。個人で学習する上では、多読は効果的な方法かもしれないが、学校という集団の場で、個人指導することは、学校自体の否定のような気がして、少し困惑している(金額の面なども)。
・効用はよくわかりましたが、実践にさまざまに問題があり、ここをどう乗り越えるかが以前から解決できずにいます。実践してみたいとは思っているのですが…。
・是非、tryしてみたいと思ったが、クラスの人数(40名)、本の購入の予算、時間配分など、問題が残る。
・ 以前から興味があった多読のお話が聞けてよかったです。目からうろこでした。実際、本が用意できない現実があります(予算がつかない…)。しかし、賛同者を捜し実践できる環境を作り出したいです。
・ケンカ売るくらい主張があり、おもしろい講演でした。本の種類は不問でいい(特定の本の宣伝にならないために…)。

・会報担当和田の意見:和田の考えでは、多読と文法学習の関係はall or nothingではなく、7対3の法則が良く、多読7、文法3の割合で(刺身は刺身のツマがあると引き立つように)多読を活かす文法学習があるはずだと、講演当日に酒井先生にお話しました。こうして会報をまとめていますと、文法も辞書も、やはり捨てがたい。酒井先生のことばを「文字通り(literally)」に受け止めて、辞書を窓の外に捨てたり、焚書にしたりしないよう願います。「多読をしているときには文法に拘泥したり辞書を引いたりするな」というのが酒井先生の真意であると和田は受け止めています(もしかすると「誤読」かもしれませんが…)。これは昨年5月の1日研修会の講演者・名和雄次郎教授の「内容の読み取り(和訳)と「語法と構文の解説(文法)は同時にしない」という話につながると思います。
 辞書もさまざまです。生き生きとした例文が豊富なLongman英英や翻訳家の柳瀬尚紀さんが推奨する斎藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』は字引という枠に収まらない「読む辞書」です。Longman英英第3版のclimbの項に、to move up , down, or across something, especially something tall or steep, using your feet and handsとありました。「上下移動」「水平移動」「高く険しいもの」「手足を使って」という酒井先生が指摘されていたのと同じ事が盛り込まれています。hikeは、to walk a long way in the mountains or countryside とあり、例文にHe wants to hike the Himalayas.(彼はヒマラヤ山脈をハイキングしたがっている)とあります。辞書も捨てたものではありません。


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